今年は

諏訪湖が全面結氷して、去年に続き御神渡りが現れたそうだ。
去年の冬、石神井公園のボート池も全面結氷した。
つーことは、石神井公園も今年は全面結氷かね。
去年の寒い冬の夜、ボート池脇を走っているとなにかいつもと様子が違っていて
なんだろうと思ったら、池の水が凍っていた。
最初、にわかに信じられず、その辺の石を拾って水面に放ってみた。
石は水面下に消えることなくコロコロと水面上を転がった。
その日は、岸辺から10メートルほどまでしか凍っていなかったが
3,4日かけて氷は徐々に池の中心部へと広がり池の全面を覆った。
その冬は、富士チャレンジ200にむけて毎日のように走っていたが
3日に2日は会う人がいた。
夜の三宝寺池は電灯が少なく暗い。
そのわずかな電灯の下の薄暗いベンチでフォークギターを弾いている男がいた。
俺の走っていた時間は、ほとんど夜とはいえかなりまちまちだったのだが、
そのうちの3日中2日で合うということは、おそらく毎日通っていたのだろう。
池の水も凍ってしまうほどの寒い日も、彼はもくもくとギターをひいていた。
毛糸の帽子、マスク、指切りの手袋の完全防備で。
池の周りにはいくつもベンチがあるが、彼はいつも人のいる場所を避け
ポツンと孤独に、時にアルペジオ、時にストロークで控えめな音でもくもくとひきつづけていた。
年末から走り始め、4月中旬まで走ったが、
毎日のように、彼の前を通りすぎた。
彼がいるはずの時間帯に走って、彼がいないと風邪でもひいたのかと
ちょっと心配になったりもした。
最後の1ヶ月ほどは、お互いに目で挨拶する感じになっていた。
けっして声に出して今晩はとか言うわけではないが、
一瞬のアイコンタクトで、今日は寒いねとか、意志の疎通が出来ていた気がする。
4月中旬の頃に、さすがに自転車に乗らねばならんと思い、走るのは終わりにしたが
今シーズン、一月前からまた走り始めた。
走り始めの初日、走りながら彼を探した。
すべてのベンチを巡れるコースをとり、ギターの音に耳をすませながら走った。
しかし、彼はいなかった。
なにか、友人を失ったようで寂しい。
だが、池がまた凍る頃、彼は氷とともにまたやってくるのかもしれない。