自転車に乗るようになってから南会津地方に行くようになった。
10年ちょっと前に南会津より少し北の
桧原湖、秋元湖、小野川湖がある裏磐梯と呼ばれる地方に
足繁く通った時期があった。
最初は秋元湖の湖畔でキャンプをするために訪れたのであるが
キャンプ好きだがキャンプ場嫌いの俺には非常に理想的なキャンプ地だった。
その場所を知ったのはアウトドア雑誌のインタビュー記事で
有名アウトドア用品店の有名店員が個人的に好きなキャンプ地を
紹介していた記事だった。
人が殺到するのを防ぐ為だろうけど、いっさい場所の記述はなかった。
だが、写真が数枚載っており
写真に写っている山の形をもとにあたりをつけて
2万5千の地形図と首っ引きでその場所を割り出した。
次の週にキャンプ道具とカナディアンカヌーを車に満載にして
そのまだ見ぬキャンプ地へむかった。
夜半に出発し現地についたのは夜明け前。
仮眠をとりながら白々と空けてきたその風景は
雑誌の写真そのままであり、おおやったと思ったな。
そこは秋元湖の車で行ける最奥地で美しい渓流が一本流れこんでおり
キャンプサイトの湖畔は平らで木々が程よくはえていて
目の前の湖や周りには何一つ人口物がなくてまさにキャンプ天国。
素晴らしい場所だった。
カヌーを出して島に行ってみたり釣りをしてサクラ鱒を釣ったり
焚火で魚や肉を焼いたり
曇りの日の夜、3cm先が見えないような漆黒の闇のなで
蛍を見つけたときには感動した。
最初はキャンプ主体で出かけていたが
そのうち釣り主体で行くようになった。
釣りにも裏磐梯は面白い場所で
湖から少し離れると湿地になっており小さな小川が流れ
無数の沼が点在するような場所があった。
地形図を食い入るように見つめ人が入っていないような
沼や流れに当たりを付けて
チェストウェーダーを履き、手にはGルーミスの竿を持ち
コンパスと地形図をザックに積めこんで森に分け入った。
当たりのこともあれば外れのこともあり宝捜しのようで本当に楽しかった。
そんな人の興味をひかない土地は地形図もかなりいいかげんで
かなり違っている事も多く、突然足がはまって腰までうまってしまうような
判り辛いぬかるみも数多くあり、地形的にも特徴がなく
気を抜くと自分の居場所をロストしてしまうような緊張感がいつもあって
普通の山を歩くよりもスリリングでおもしろかった。


その場所には釣り仲間の友人とよく行っていたのだが
一度、紅葉の頃にカミさんもつれて3人で出かけたことがあった。
3人ともチェストウェーダーで完全武装しトランシーバーを携帯して
森に分け入った。
国道から林道までの約2Km、最初は小川沿いに行って
後半は川を離れ森を突っ切って沼を何個かまわり林道に出る
というコースだった。
川沿いは3人でつかず離れずで釣りあがっていき、
川からはなれて森に入り沼までの移動を
かすかな踏み跡をトレースしはじめた。
森深く入った所で踏み跡をちょっとはなれたところにきのこを見つけた。
綺麗なきのこでシメジに似ていてこれは食べられるだろうかと
カミさんと論議していたら、友人は先に行くと行ってしまった。
とっていって地元の人に見てもらおうかなどと言って
ふと顔を上げると10メートルほど先にもっとたくさんはえているのが見えた。
おお、あっちにたくさんあるよ、とそっちにいって
ひとしきりどうするかを考えた末にやっぱりやめとこうという事になり
さぁ、先を急ごうと振り向いた瞬間に青ざめた。
自分がどこからここの場所に来たのかがわからない。
さっきまで紅葉の綺麗なやさしくあたたかい森の姿は
もうどこにもなく、よそよそしくうすら寒い不吉な森がそこにはあった。
たかだか10メートルかそこら踏み跡から外れただけだ。
探せば見つかると考えてわずかな踏み跡を探すがわからない。
見ようによっては踏み跡に見えるものもはたしてそうなのか
確信がもてない。
それらしきものを少し辿ってみてもそれはしだいに森に飲みこまれて
なくなってしまう。
単なる草や枝の切れ間を踏み跡かと巡るうちに深みにはまっていく。
もと来たあたりと似た地形を探して見るが
あたり一面5メートルほどの隆起した小山がぼこぼことある
広葉樹が生えた土地が広がっていて角度を変えてみると
もうそこはどこだかわからなくなってしまうような特徴のない森だった。
完全に迷った。
踏み跡を見つけるのは不可能だ。
急速に恐怖が迫ってくるがここで平静を保たないと
パニックに弱いカミさんがヤバイ。
先に行った友人にトランシーバーで連絡を取る。
幸い繋がって「迷ったからちょっと時間がかかる」と伝える。
街中のように道を聞く事が不可能なのが不思議な感覚だ。
なんの助けにもならないが声を聞けるだけでホッとするものだ。
しょうがないので覚悟を決めてコンパスで林道の方向に最短で
直線的に出る事にする。
これをやるとうまくいけば良いけど、
途中で川だのぬかるみだの沼だのを巻かないと進めなくなるのが
やっかいなのだがしょうがない。
藪をこぎ、底無し沼のように見えるぬかるみをまき
蜘蛛の巣を顔に引っ掛け疲れてきた頃
トランシーバーを使ってみるが雑音ばかりで返事がない。
本当に出口に向かっているのだろうかと不安になってきた頃
森の切れ目が見えた時は本当にホッとした。
しかし、森を出てみるとすぐ向こうに林道が見えるのに
その手前には沼が横たわっていてまわりにはまくのも困難な藪があり
沼のふちに沿ってウェーダーのぎりぎりまで水に浸かりながら
ほうほうの体で林道にでたのだった。
わずか1時間ほどの時間が長く感じた。
今頃はもう雪で閉ざされている頃だろうな。
今度はGPSを持ってまたあの森に入ってみたいと思う今日この頃だ。