道をはさんだうちの前に駐車場を2台分借りている。
その持ち主から手紙がきた。
このたびマンションを建設するので駐車場所を北側に移動してくれないか
という内容だった。
マンション建設の為駐車場縮小というわけだ。
詳しい場所を説明するので電話くれと。
比較的若くて潔癖そうな文字が並んでいた。
電話した。
まさに潔癖そうな文字を書いた本人であると
確信できる声が電話にでた。
ひとつ気になっていたことを聞いてみる。
木の近くになりますか?
真下ではないけど近くになります。
借りている駐車場は50台近く停められるのだが
そのど真ん中に木が一本ある。
まわりをアスファルトに固められてしまっているにもかかわらず
その木はすこぶる元気で、
こんもりと葉を繁らせて、樹液と鳥のフンを盛大に下の車にふりまいている。
真下の車はひどいもんだ。
あの木を切る気はないんですか。
ないです。
何か理由があるんですか。
何かしら話が聞けることを期待しての質問だった。
しかし答えは
別にないです。
ちょっとかちんときた。
まわりの車はそりゃもぅひどい被害を受けてるのだから
苦情とかもあるだろうに。
それを別にって言われるとは思わなかった。
あーそうですか、とりあえずお会いして実際に場所を教えて下さい。
わかりました、では後ほど。
と、電話を切った。
5分もしないうちに電話がきた。
やっぱりあの木のことで後々もめるといけないので別なところを
探していただけないですか。
かすかに興奮している様子が感じられる。
まぁ、なにわともあれお会いしましょうと言って
電話を切った。
数時間後、暗くなり始めた駐車場に出た。
あの文字と電話の声の主だとひと目でわかる男が待っていた。
歳は俺とさほど変わらないだろう。
とりあえず場所をなどと言いつつ、無言で例の木の脇を抜け歩いた。
ここですと言われた場所は元の場所より遠いし
ちょっと不便そうだ。
まぁでもしょうがないだろう。
どうしようもないんでしょうからここでもいいですよ。
と承諾した後に
あの木はクスの木か何かで鎮守の木なんでしょ。
と聞いたら
そういうことは知りませんが、死んだ爺さんが切るなと言ったまま
死んだので切りません。
やっとすっきり納得できた。
マンションを建てるにもあの木はさぞじゃまだろうけど
彼は切らないでなんとかしようとしているんだな。
夕闇に黒々と映えるその木を眺めながら
言葉も少なく挨拶して別れた。
昼の間すっかり春の陽気だった空気は夜の闇で徐々に冷え始めていた。