こないだの忘年会で向かいに座っていた男の話。
その男が諏訪湖のほとりでテント張ってて
夜中に用を足そうとテントのジッパーを開けて
外に出ようとしたら目の前を軍服を着た男が横切って行ったそうだ。
それで思い出したんだが
昔、4人で燕岳から槍にぬけるいわゆる裏銀座と呼ばれるコースを登り、
1日目は中房温泉から燕岳を経て大天井岳の頂上で幕営した。
行程が長くかなり疲労して9時過ぎには皆寝袋にもぐりこみ寝てしまった。
4人で行ってテント4張りというわけわからんパーティー
寝る時くらい一人にしてくれ、たのむわというわがままなメンツだった。
その日は俺たちの4張りだけで他にテント張っているやつはいなかった。
多分、12時を過ぎたくらいの夜中だったと思う。
足音で目が覚めた。
寝袋で地べたで寝ていると足音というのは非常に響くもので
気になるものなのだ。
遠くから来てテントのちょっと離れた所を通り過ぎていった感じだった。
こんな夜中に上がってくる奴がいるのかよとくらいしか思わなかったが
1回目の足音が聞こえなくなるとすぐに今度は違う方向から足音が聞こえた。
その足音も通りすぎたのだが
その後どんどん足音が増えて、加速度的に足音が増えていく。
どう聞いても10人近くいるような感じだ。
足音は縦横無尽にそこらじゅうを歩きまわる。
足音だけ。
会話とか他のもの音は一切聞こえない。
あぁ、これはこの世のものではないのだなと直感した。
真っ暗なテントの寝袋の中で恐怖で身じろぎひとつ出来ない。
ジッパーを開けて外を見るなんて考えただけでも恐ろしい。
早くどっか行ってくれーと思っていたら
1つの足音が着実にこっちに向かってくる。
俺のテントをめがけて歩いているという意志が
こちらに伝わってくるように直線的にどんどんくる。
眩暈がするほどの恐怖で心臓が口から出そうだ。
なおもどんどん迫ってきてついにその足音は
俺のテントの目の前で立ち止まった。
息をすることもできない。
入ってこられたらどうすればいいんだ。
吐きそうだ。
と思った瞬間にそいつはきびすを返して遠ざかっていった。
思い出したようにゼーゼーと呼吸をしているうちに
他の足音もどんどん遠ざかっていく。
あぁ、これは夢だったのだろうかと思いながら
急速にまた眠りにおちた。
翌朝、夜明けとともに起きだして4人でモルゲンロートにそまる山を眺めた。
強烈な美しさで、一人が神はいるんだって気になっちゃうなと言った。
そして他の一人が、昨日の夜中の足音聞いたかと言った。
全員が「うん聞いた」と言う。
その話は誰もそれ以上しなかった。
なぜかしなかった。
なぜだろう。
なぜかしちゃいけない気がしたんだよな。