先月末の山旅 とんぼとかえるの王国(後編)

ふっと目が覚めるとまだ夜の9時だ。
テントのジッパーを開けると外は濃密な霧の世界。
稜線上のテン場は徐々に風が強くなってきている。
寝袋にもぐりこみなおして寝なおす。
風がどんどん強くなり何度もばたばたとテントを風が叩く音で目が覚める。
深夜にはついに雨が降り出した。
2時すぎから風がピークになりテントがひしゃげる。
風がテントを叩く度に雨露がバラバラとテント内に落ち
どんどん浸水していく。
テントの骨が折れそうなほどの風になり
しょうがなく起きだして両手で壁を支えてやり過ごす。
ペグのききやすい地面だったのが救いだ。
風でも雨でもどっちかにしてくれと願う。
気晴らしにラジオをつけてNHKを聞く。
なせか大瀧詠一特集をやっていて
轟音の暴風雨の中、テントをささえながら
両手でテントを支え雨のウェンヅデーを歌いながらやりすごす。
壊れかけたワゲンのー、ズゴーー
ボーンネットにズゴーーバタバター
なにやってんだおれは。
4時前に雨はやみ風もすこしおさまり
そして夜が明けた。
外は真っ白のガスで20m先の隣人のテントすら見えない。
気乗りのしないまま朝飯をつくって食べ
のろのろと撤収作業をする。
5時半、強風の中、うりゃっと外に出て3倍くらいに重くなった
ずぶ濡れのテントを一気に丸めてザックに突っ込み出発。
本当はここにテントと重い荷物をデポして本山と大日岳を
ピストンして梅花皮まで戻る予定でいたが
いちめんのガスで視界はまったくなく行く気は完全にうせた。
天候も崩れてきそうなので梅花皮荘か門内岳まで戻ることにする。
ここから先に進んでしまうと天候が崩れた場合戻れなくなってしまう。
気乗りしないまま昨日歩いた道を戻る。
30分ほど歩いたところでガスが一気に晴れて青空がいきなり広がった。
眼下には見渡すかぎりの雲海だ。
振り向くと断念した本山が雲海の上にきらめいている。
くぁー、なんだよ、回復するとは思わなかった。
梅雨の終わりの複雑な雲のせめぎあいで天候が読めないし
これからまた戻るのは気持ち的にもちょっとキツイ。
もういっそのことさっさと降りて温泉の近くのキャンプ場にでも
移動してのんびり過ごそうかとも思うが、
下界は見渡す限り雲の下。
青空が出ているのはこの稜線だけではないか。
さてどうしようと悩みながら歩くが景色の素晴らしさ
花々の美しさで悩みも忘れる。
刻一刻と変わる光線の加減で昨日とは違う顔を見せてくれる
尾根歩きは楽しい。
この雲たちをつき抜けているのはここに登っている
ものたちだけではないのかという優越感。
10時半に梅花皮荘に到着。
山荘の主人に天候を聞く。
この晴れ間は今日いっぱいは持つだろう。
うまくいけば明日の午前中くらいまで持つかもしれん。
その後はしばらく崩れる。
この後どうするか迷っていると言うと
時間があるなら山にいたほうがいいぞ。
その足なら今日中に頼母木小屋まで行けるだろう。
今日はそこまで行って明日丸森尾根で下ればいい。
そうすれば北側は殆ど見れる。
南はまた今度来ればいい。
頼母木小屋は水場がいいぞ。
なるほどそういう手があったのか。
いっきに迷いが晴れた。
そうすることにします。
と言うと主人は、また後で会おう、用事があるから門内小屋に行ってくると
言い残し、ザックをしょって歩き出した。
地下足袋の後姿がカッコイイ。
小屋の風裏でザックを下ろして
ガスをだしウィンナー入り味噌汁とパン、コーヒーで大休憩。
昨日登って来た石転び沢を見下ろしながらそよ風に吹かれ
紙コップのコーヒーをすする。
シェラカップもチタンWのマグカップもどうにも好きになれなくて
カップを思案中なのだけど、
その埋め合わせで今はその辺の安物の紙コップを一つ持ってきている。
2泊3日くらいなら1個で十分もつのだ。
水場で顔を洗い給水してザックを担いで出発した。
空は夏空と梅雨空の攻防戦で
一気にかき曇ったかと思うとすーっと雲が引いて青空がのぞくの繰り返し。
1個目のピークを越えて鞍部に下りたところで
主人が向こうから歩いて戻ってきた。
また来ますからと挨拶して別れた。
門内小屋着。
管理人の方と少し話しテン場でザックをおろし
雪渓の溶けだしまでくだって給水。
ビスケットと水で休憩。
ここのテン場は完全な風裏でものすごく居心地良さそうだ。
もうここにテント張ってビール飲んでぐーたらしたい欲望にかられるが
まだ12時半だ。
先に進もう。
門内岳から先は急に踏み跡が少なくなり静かな感じになる。
植生も変わってきて低木が増える。
変化が楽しい。
途中でザックの重さも感じなくなり
なにかやたらめったら気分がよくなりどこまでも歩いて行けそうな気がした。
これはトレッカーズハイか。
頼母木小屋の手前でちょっと道を外れて薮漕ぎ。
いいとこ見つけた。
今回はビールがないので登山道に戻って先に進む。
どんどんガスが濃くなり晴れ間はほとんどささなくなってきた。
風も強まる。
早く着いて装備を乾かしたい。
雨が降る前に乾いてくれないと困る。
2時半、頼母木小屋着。
外の屋根付の立派な水場からはじゃんじゃか水が流れ
その水でビールが冷やされている。
管理人さんにあいさつ。
御西から来たというと驚かれた。
さっそく冷えたビールを飲みながら強風吹きすさぶ霧の中
テント、下に敷くやつとマットを干す。
管理人さんといろいろ話す。
ここと門内小屋は夏の短期間だけ地元の山好きの人が
管理人として1週間交代で詰めているのだそう。
なるほど、どうりで雰囲気が違うわけだ。
小屋の主人と客というより山好きの男が二人で話しているという感じで
これがとても話しやすく話が弾む。
強風のおかげであっという間に乾いたテントをたてて
サラスパを茹でて市販の明太子パスタのもとをまぶして
200gをビールと共に一気食い。
満ち足りて文庫本を読みつつうつらうつら。
2時間後に今度はラーメンをすすって日本酒をちびりちびりとやりながら
どんどん悪化していく空を見上げる。
8時には寝袋にもぐりこんだ。
すぐに雨が降り出した。
あー、もうふってきやがった。
これはもうやまないだろうな。
憂鬱になりながらも寝入る。
たまに起きて浸水した床をタオルでふいてはまた寝るを繰り返す。
幸い風はそれ以上強まることはなかった。
さて朝だ。
いろんな装備がしっとりズブズブの中、
朝飯を作って食い、ついでに昼用のアルファー米に水を入れておく。
最近のアルファー米は便利で旨くなってて素晴らしい。
水を入れとけば行動食に使えるし、使った後の容器は
完全防水の入れ物になるし。
どしゃ降りの中撤収して結局誰も登ってこなかった小屋に避難して
身繕いを整えて管理人さんに見守られながら出発。
しばらくは稜線を歩くが、右手からの風と雨で右目が開けていられない。
丸森尾根に取り付き追い風になってほっとしながら下り始める。
雨はどんどん強くなる。
ストックを出してスピードアップするが
1時間ほどでどしゃどしゃの雨のため集中力が切れる。
頻繁に行動食をとりながら下りつづける。
3時間ほどで頭の先からつま先まで浸水してずぶ濡れになった。
土のほれてるような登山道はすでに小川状態。
途中の水場で給水。
ザックを下ろし木陰で震えながら立ったまま米を水で流しこむ。
5時間後、最後の急勾配の岩場をなんとか下って
舗装路に降り立った時は正直ほっとした。
車に戻り全裸になってずぶ濡れの衣類を着替え、
最近の下山後の儀式である
キースジャレットのスタンダードvol1 vol2を聞く。
これがねー、なぜかわからないのだけど
山降りてきて聞くとホントにしみる。
脳内麻薬がドバドバだ。
もう何回聞いたかわからないくらい聞いたがまったくあきない。
そんなこんなのスーパーナチュラルハイ状態で
キースとうめきあいながら温泉にむかうのだった。